JUST BLISS

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日記、留学、英語、アスレティックトレーナーなどのお話。

アスレティックトレーナーとの出会い。

 

Hi!

どうもお久しぶりです(笑)

自己紹介してから割とほったらかしにしてました…

最近奨学金の面接やらで忙しかったのと、

単純にどんな記事を書けばいいのか分からなかったっていうのがあります笑

 

 

自己紹介でもお話しした通り、

私の夢はアスレティックトレーナーになることなのですが、

そもそもアスレティックトレーナーとはなにか…と言いますと、

アスレティックトレーナー(athletic trainer)は、スポーツ現場で選手が受傷したときの応急処置や傷害の評価、復帰までの手順を考えたり、傷害の予防のために働く、スタッフの一員である。 現在ではスポーツ現場に限らず、高齢者の健康づくりなど、職域が広がっている。

 (Wikipedia参照)

という感じのことをする人のことです。

簡単に言いますと、スポーツの現場で

などのことをするスタッフです。

選手が怪我をした時は、病院のドクターや理学療法士と選手やコーチの間に入り、

情報の共有をしあったりします。

 

 

アスレティックトレーナーについてなんとなーく分かってきたところで、

今日は何故アスレティックトレーナーを目指しているのか、

いわゆる”きっかけ”についてお話ししようと思います。

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    1、中学時代

中学時代、兄の影響でバスケットボール部に所属しました。

もう、バスケ大好き人間で、家の庭にゴールがあったので、

ずっとバスケをしていた記憶があるようなないような(笑)

 

そして、将来は事務作業とか営業とかするのではなく、

スポーツに関連したことを仕事にしたいと思っていました。

 

そんなある日、父親があるDVDを買ってくれました。

それは、コーチカーターという映画です。

バスケの弱小高校、治安の悪い環境で新しいコーチが勉強とバスケを両立させながら、

強豪チームに育てるというノンフィックションの映画です。

もうこれには、ドハマりしましたね。

(内容などに関しては今後他の記事で書けたらいいなと思います)

 

これを機に、バスケのコーチになりたいという夢を持った時期もありました。

しかし、自分自身がそこまで上手ではなかったため、本格的に自分の将来の夢に決めたわけではありませんでした。

 

 

   2、高校時代

高校には仙台市の某ナンバースクールに入学。

入学した理由は、県内でそこそこの進学校だったということ、バスケもそこそこ強かったということ、

そして、推薦入試が内申点と小論文だけだったことです(笑)

中学時代はほぼオール5だったため、小論文でよっぽど変なことを書かなければ落ちることはないと思っていました。

 

案の定、合格したのですが、

実は中学3年の最後の総体でバスケでは県大会に出場できなかったのですが、

即席で毎年作られる陸上部で1500mに出場した結果、、、

なんと地区大会で優勝し、県大会出場することができたため、

高校でも陸上やろうかなぁ~なんて考えていました。

 

高校推薦入試の合格発表の日、

掲示板で自分の番号があって喜んでいると、

高校の新聞部に取材をされて、部活は何に入りますかと聞かれたとき、

「バスケか、陸上で迷ってます。」

…と言おうとしたら、

「バスケか…」

と言った瞬間、近くで自分の取材を見ていたバスケ部の先輩方に

「おぉ~~!!!バスケ部絶対入れよ!!!名前は??どこ中??」

…という感じに質問攻めされてしまい、バスケ部に入ることを約束してしまいました(笑)

 

 

   3、膝の故障

そんなこんなでバスケ部に入ったのですが、

バスケ部は朝練が7時20分からあり、自分の家は仙台から程遠いところだったので、

朝5時に起床し、親を起して弁当を作ってもらい、

車で最寄りのバス停まで行き、始発のバスに乗り、駅で降りて、

そこから自転車に乗って…と、約1時間半かけて学校に通うという高校生ながら、ハードな生活を送っていました。

 

きつい時もありましたが、仲間の支えがあったこと、

コーチカーターのように、勉強と部活は絶対に両立させると心に誓っていたため、

自分の決めたことに折れるのは負けず嫌いな自分からしたら嫌だったので、

途中で辞めることはありませんでした。

 

しかし、高2の秋…

先輩も引退し、自分たちの代になって切磋琢磨していこうぜ!って時に、

膝に違和感を覚え始めました。

 

…膝を曲げると痛い

 

最初は、違和感くらいでしたが、だんだんと痛くなり、

しまいには、膝を曲げられないくらいに痛くなっていました。

 

病院の整形外科に行って診てもらうと、

ジャンパー膝

と言われました。

慢性的な怪我だから、安静にしてれば治るよとお医者さんは言ってました。

私は、その言葉に安心し、アイシングをしたりして、とにかく安静にしました。

 

お、痛くなくなってきたと思い、徐々に復帰し始めると痛くなる…

また安静にして、復帰すると痛くなる…

その繰り返しでした。

 

病院にもそんな頻繁には行けなかったのでどうしようかと悩んでいると、

顧問の先生が自分にこう言ってくれました。

 

「そういえば、非常勤の体育の先生がアスレティックトレーナーの資格を持ってるらしいから、みてもらえば?」

 

 

   4、出会い

当時、スポーツ関連の仕事をしたいと思っていて、いろいろ調べていたりしていたのでアスレティックトレーナーという名前は知っていたし、少し興味がありましたが、

直接アスレティックトレーナーの方に会うのは初めてでした。

 

会いに行くと、メモを取りながら、いつ頃から痛いのか、どんな痛みなのか、既往歴はあるのかなどを聞いてくださり、

その後に、膝を触診したり、可動域を測ったり、タイトネスがあるかどうかを調べて、

最終的に膝の曲げるフォームを見てくださいました。

すると、「膝を曲げる時に、真っすぐ曲がっていない。そして、それを支えるための大腿四頭筋や臀筋の筋力が足りてないと思うよ。」

と、伝えていただきました。

もう、そこで自分は感動しました。病院では安静にしなさいしか言われず、何故痛くなったのかなどはあまり調べてもらえなかったからです…

でも、少し体を触ったり、フォームを見ただけで原因を把握してくださった…アスレティックトレーナーってすげぇ!と素直に驚きました。

 

さらに、リハビリのメニューも作ってくださり、親身になってリハビリに付き合ってくださいました。

そんなこんなで、その方のリハビリメニューをこなしていくと、膝の痛みはなくなり、無事に完治することができました。

しかも、怪我前よりもコンディションが良くなった状態で復帰し、再発することもありませんでした。

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 …もうこんな素晴らしい出会いがあったため、高校生ながらに感動しました。

そして、将来は自分のような怪我で苦しむ人をサポートしたいという夢が強くなり、

アスレティックトレーナーになることを決意。

 

…でも、アスレティックトレーナーになるためにはどうしたらいいんだ…?

 

 

 

次回はアスレティックトレーナーを目指すために大学先を決定し、

受験勉強に奮闘したことについてお話ししようかなと思います。(たぶん笑)

 

Bye!